Kosshi を出すまで4年かかった
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会社を辞めたのは2021年の年末でした。その前は何人かの同期と一緒に、勤め先で新規事業のアプリを作っていました。
結果としてそのサービスはうまくいかなかったのですが、ゼロからプロダクトを立ち上げる感覚が忘れられず、フルコミットで自分のアプリでやっていこうと決めて退職しました。
とはいえ収入をいきなり0にするのは難しいので、数年はフリーランスで仕事を受けつつ、隙間で個人のアプリを進める、という二段構えで動いていました。そのとき、最初に作ろうとしていたのが Kosshi です。当時は別の名前にしていましたが、2022年の年始ごろの構想でした。
ところが、フリーランスとアプリ開発の二段構えは、口で言うほど綺麗には回りませんでした。仕事を複数並列で抱えていると、当然スケジュールに押されて、気付くと会社員のときよりよっぽど忙しい、みたいな期間がほとんどでした。
あと自分の性格として、ひとつの仕事に取り組むと他のことをすっぽり忘れてフルコミットしてしまうところがあって、これが個人の活動に時間が回らない直接の原因にもなりました。そんなに器用なことができるようなタイプではなかったのですね。
新しい仕事に「面白そうだな」と引き受けては、しばらくしてプロジェクトが落ち着いた頃に「いやいや、自分で何か出すんじゃなかったのか」と振り返る、という同じ往復を、2022年から4年くらい繰り返してきました。
会社を辞めたときに「自分でアプリを作って生計を立てていく」と高らかに宣言してしまっていたので、昔の同僚には「もう諦めたんだな」と思われていたかもしれません。 自分自身も、冷静に考えると、Mac/iOS専用のアウトライナーってそもそも生計が立てられるようなジャンルなんだろうか、 ニッチすぎないか?本当にそれだけ開発の時間を投入するだけの価値があるのか?という迷いもありました。
加えて、開発を始めて半年ほどたったとき、Bike Outliner という Mac 向けのアウトライナーが登場したことに気がつきました。
触ってみると完成度が高く、iOSへの同期がない、画像が扱えないなど自分が使いたいものとは微妙に違う部分はあるものの、自分が作ろうとしていたものに近い。
良いプロダクトだったからこそ、「これがあるなら自分がやる意味あるか?」と思うようになっていました。
そんな迷いを抱えながら、元々関心があり、ソフトウェアとは違う手応えも感じていたハードウェア方面に、少しずつ重心が移っていきました。
2023年以降はAIの台頭により、アプリ開発、というよりプログラミングそのものに人生を賭けるのは危ないんじゃないかと思い始めてしまっていました。
結果として、Kosshi のプロジェクトは事実上の凍結状態に入っていました。
それでも、アウトライナーへの執着は消えませんでした。日々他のアウトライナーを使いながら、「自分にとって理想のものは自分で作るしかないのか」と思う回数が、年を重ねるごとに増えていく。 あるときに、「事業として成立させる」とか「マーケットがある」とか、もう一旦全部脇に置いて、 最悪自分が使うだけでいいから、自分が使いたいアウトライナーを作ってしまおうと、開発を再開しました。
開発を再開してしばらく経つと、それなりに動くものができました。 自分が日常で使ってみると、他のどのアウトライナーより自分の使い方に合っている、と感じる瞬間があって、 こうなってくると「これはちゃんと完成させて、世にリリースしたい」と思い直しました。 そこからは Kosshi の開発にリソースを全力投入して、リリースまでまっすぐ走りました。
リリースしてから1ヶ月、全く広告も打たず、たいした周知もしていないのですが、それなりにインストールしてもらえていて、購入してもらえることも日に日に増えています。
個人で作ったアプリでちゃんと購入してもらえているのは初めてのことで、これがかなり嬉しいです。
初めて課金が入った日は、妻と「本当に良かったね、ずっとやりたかったことが、ようやく動き出したね」と二人で食べたお祝いの焼肉きんぐの味は一生忘れないかもしれないです。
これまで何度も新規アプリ、新規サービスを立ち上げてきましたが、正直、僕の経験ではうまくいかないことのほうがずっと多かったです。アプリにしても、結局は広告で無理やりユーザーを引っ張ってくるというマーケティングが肝心で、良いものを作っていても届かない、ということを何度も経験してきていました。 もうアプリが飽和してしまってる現代において、いいものを作れば届くというのは成り立たないのだと、思うようになってしまっていました。
それが Kosshi に関しては、ほとんどマーケティングをしていないのにも関わらず、毎日インストールされる、毎日購入される、フィードバックも届く、これは今まで自分が作ってきたものでは起きなかったことでした。
昔、同期と一緒に作ったアプリでは、たぶん数十人〜百人くらいユーザーインタビューを行いました。 いろんな意見を聞いて間違いなかったはずなのに、最終的に「結局、誰がこれを欲しいのかよくわからなかった」という結末で終わってしまいました。
本当に人が欲しいものを理解するのって難しいです。 僕の場合は、人が欲しがるものが器用に分かるタイプではないので、絶対に自分が必要で欲しいものを作るしかないのだなと最近は確信に変わりました。 来年もその先もこれを使っていたいと思えるか。これからはそれだけを軸に作っていきたいです。
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