土日祝日が概念として存在しない毎日について

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フリーランスエンジニアの案件と、個人の活動を行き来する働き方をしています。 独立してしばらく経つんですけど、最近、毎日の感覚がちょっとおかしくなってきました。

朝なのか昼なのか夜なのか、よく分からなくなっています。

複数のプロジェクトのプログラミングをしながら、隣で3Dプリンターがガシャガシャと音を立てていて、Slack に仕事の通知が来る。 そういう状態が一日中続いていて、ふとカーテンの隙間から外を見たときに、あ、もう日が暮れていたんだな、と気づく感じです。

土日祝日とか、ゴールデンウィークとか、まあ概念としては当然あるんですけど、もう自分の中では消えてしまいました。

会社員だった頃は、何があっても給料が振り込まれて、下がることもまずないし、 その安定っぷりたるや今考えるとすごいです。当時は当たり前だと思っていましたが。

独立してからは、自分が働かないと一円も入ってこないので、休めば何も手に入らなくなるだけ、ということになります。

これを続けていると、できるだけ長く稼働していないと人生の損になる、という感覚にだんだんなってきます。 そうやって、身をすり減らすハードワーカーが誕生する。

というか、労働基準法で守られている世界観と、そうでない世界観の断絶具合ときたら、いざこっちに来てみると、なかなか凄まじいものがあります。

いまの食い扶持は、フリーランスエンジニアとしての稼働によるものがほとんどです。 忙しい時の月収は、会社員だった頃よりも高いです。 ただ、活動側に振っていて、ただ開発に没頭しているだけのような期間は、月の売上がゼロになることすらあります。

一時期は、銀行の預金残高がガンガン減っていくのをずっと眺めているような時期もあって、これはさすがに、精神衛生的にあまりよろしくなかったです。

不思議なもので、お金の不安と、作るほうの不満は、わりと逆相関に近いところがあります。 忙しい時はお金の不安はないんですけど、何も作れていないという不満がじわじわ膨らんでいって、これがけっこう精神的にしんどいです。 逆に、活動側に振っている時は作るほうは進んでいるんですけど、今度は生活資金がどんどん溶けていきます。

しかも夫婦二人揃ってそういう感じなので、なんのセーフティネットもないのですね。 どっちかが安定していれば良かったのですが、まあお互い好きなことをやっているので、しょうがないです。

長期的にどうなるのか、というのは、正直まったく分かりません。

AI で世の中がどうなるか全くわからない昨今、理屈の上では、会社員だって安泰じゃないし、というか、たぶん人類みんな先のことは分からないとは思うんですけど、 自分はいま、いちばん最初にあおりを受ける位置にいるのは間違いない気がしています。

プログラミングがもう、ほぼ AI に完全に飲み込まれてしまっていて、自分が牧歌的にコードを書いていた時代がわりと好きだったので、できることなら戻りたいんですけど、これはたぶん不可逆です。 それに、いまの時代、プログラミングで AI を使わないという選択肢は、ビジネス的にもセキュリティ的にも、もう現実的じゃないと思います。

一方で、隣で作業している妻はイラストレーターで、いまはデザインフェスタの準備に追われています。 世間ではよく「AI にいちばん仕事を奪われそうな職業」みたいに語られがちですけど、すぐ横で見ている自分からすると、こっちは正直そんなに脅かされる感じはしません。 むしろ、全然大丈夫そうな気がしています。

現代のイラストレーターは、ある意味、影響力こそが資産の商売です。 絵にファンがつく限りは、ビジネスも回っていくのだと思います。

プログラミングのほうは、悲しいかなそこと違って、良いコードを書いたらファンがつくような世界じゃないです。 動けばいい、速ければいい、安ければいい。 そうなると、AI に飲み込まれていくのは、まあ理屈としては当たり前の流れなんだろうな、と思います。

悲しいですね。

ただ、これはプログラマーとしての話で、自分でアプリを作るほうは、たぶんさっきのイラストレーターに近くて、誰がどう作ったかがちゃんと残る世界です。 プログラマーという専門職は消えても、作る人としての場所は、まだ別にある気がしています。

いちばん最初にあおりを受ける位置にはいるんですけど、同時に、もしかするといちばん最初に新しい風を掴む位置にもいるかもしれません。

朝なのか昼なのか夜なのか分からないし、土日祝日もないし、ずっと作業している。 それでも、いまの毎日はこれまでで一番楽しい気がする、というのが正直なところです。

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